時と距離のベクトルを旅しよう

評価:
エリアセル カンシーノ
徳間書店

¥ 1,470

(2006-05)
コメント:中央の王女の姿が印象的で、絵画に詳しくなくてもなじみのある絵、
ベラスケスの「侍女たち」をめぐるお話し。
体が大きくならない体質ゆえにイタリアからスペイン宮廷へ連れてこられた、ニコラシーニョ少年による一人称の語りでこの絵が描かれた顛末と謎が解き明かされます。
児童書に分類されるようだけど、おとなでも十分楽しめます。

 ブッククラブの会員さんに、たいそう本が好きな方がおられます。
それはある意味当たり前!

でもそのかたの造詣の深さは尋常ではなく、
長岡京市立図書館の2階児童書コーナーの本を
すべて読まれたのではないか、という噂を聞いたことがあります。

英語の本をお貸しする立場ではありますが、
「本」というものに関しては、わたしの先生なのであります。
(うれしいことにどうやら同い年)

師匠に教えていただいたのがこの
ベラスケスの十字の謎
であります。


17世紀、フィリペ4世時代のスペインでは、
近隣諸国から集められた背の大きくならない者や 、
知的障害のある者が一種の道化として集められていたそうです。

そんな1人がイタリア人で父親に捨てられたニコラシーリョ。
これはニコラスという本名にスペイン語の愛称をくっつけた呼び名です。
教育係りにその知性を見出され、ダンテの「神曲」を見事に暗誦します。
そしてついに国王付きの肖像画家、ベラスケスの描く絵に入れてもらうことになりました。

ベラスケス先生の工房のある館に住み込み始めたニコラシーリョ
(絵では右端で犬に足を乗せている少年)は
絵の左に描かれた画家自身の胸に大きく書かれた赤い十字の謎に
深くかかわっていくことになります。

この本をすぐに買ったのには理由が二つありました。

まず、教室の生徒さんに日本語で読んでほしいと思ったから。

英語を教えるこちらの動機は、「将来世界へでていける下地」を作ってあげることです。
ところが、最近の若い人(こういう私ってもう年より?)には
われわれの時代の外国への「あこがれ」というものが見当たりません。
洋画も洋曲も、昔ほどインパクトがなくなりました。
日本の物との差がなくなったという意味では喜ぶべきことなんですけどね。
また、満ち足りた世代には「追いつけ追い越せ」のハングリー精神も欠けています。

では、日本人はもう外へ出る必要が無いほどの富と教養を手にしたのか、
といえば、そうではありません。
強い者は弱い者を助ける、という欧米にあった一種の余裕は感じられませんし、
先代の築いた世界における地位は、先代のようなハングリー精神をもった
アジア諸国にとってかわられつつあります。

だれでもスーパーへ行けばお腹いっぱい好きなものが食べられ、
余暇には自分の好きなことができている。
この程度の富と余裕ではないかと思います。
自分中心の世界で今という時だけを生きている者が多いように感じます。

でも、若い人は素晴らしい感性をもっています。
例えばこの本を読んだ子は、すっかり
17世紀スペインの王宮にいる気分になったそうです。

文字の列に連れられて、時を超えどこにでも行ける。
この子が高校で世界史を習ったとき、美術でベラスケスを習ったとき、
この本で旅した世界を懐かしんでくれるでしょう。
解答用紙の空欄を埋めるだけの勉強ではないはずです。

学生は点数を求めて、大人はより多い収入を求めて、
そんな単純な価値観だけでガリ勉するのではなく、
考える葦として高みをめざしてほしいのです。

教室にはそんな思いで何冊かの和書も置いています。
私自身がこんなに楽しかったから、きっと誰かが
この本をきっかけに違う世界への旅を始めてくれると思っています。

二つ目の目的ですか?

それは原書がスペイン語であることです。
いつかはこんな本が読めるように、励みにしたい。

今ですか?
「僕は~~と思った。」とか
「今~~すると~~~」とか…。
肝心な所以外は随分とわかるようになりましたよ。

ほんまに肝心な所以外はね。

肝心なんは、肝心なとこやろ~。

はい はい。
おっしゃる通りです。

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