真理は人を自由にする

投稿日: カテゴリー: 語学の勉強
評価:
窪薗 晴夫,本間 猛
研究社

¥ 2,700

(2002-04)
コメント:著者は英語の音声に関する著書が多数ありながら、国語研究の専門家でもある。記述は専門的だが、言語の森で法則と言う名の双眼鏡を持ってバードウォッチングするような楽しさを持って読み進める。

著者である国立国語研究所教授、窪薗晴夫先生の好きな言葉は、プロフィールによると「真理は単純である」「真理は人を自由にする」。
あ、それってつまり身の回りの実例にあてはめるとこう言うことでしょう?
格言や抽象表現は、そんな風に自分に落とし込むのだけれど、
今回はすぐにはピンとこなかった。
でも、そこに真理がありそうでとても気になっていました。
民間で英語を教えている私にとって、誤解を恐れずに言えば、勉強が仕入れの全て。
本物を見つける嗅覚と、時代を見る目は常に鍛えなくてはいけません。
音声学の本を買うのも4冊目。
だんだん難しい本にも対応できるようになり、今回は「音節とモーラ」に特化した本を読んでいます。
所属しているNPOグラスルーツでは「児童英語講師自己研鑚の会」事業部に籍をおいており、ここ数年で何人もの大学の先生にご教授いただく機会に恵まれました。
日本人に英語ができない理由もかなり分かってきました。
文化、文法、音声 そのどれをとっても、英語との距離が遠いこと。
時間をかけてどっぷり英語にひたって学ぶ機会が無い者に教えるためには、
その遠さを理解しなくてはいけない、つまりどこが同じで、どこが違うかを知っていなくてはいけない。
話はそれますが、文化の違いを考える一つに、論理的思考の訓練を始めました。
これもまたグラスルーツのディベート部門で何と松本道弘先生直伝で訓練を受けるという幸運に恵まれました。
さらに幸運だったのは、松本先生のディベートには東洋思想がながれていたこと。
今は、神道や古来からある中国思想も理解した日本人になりたいと切に思います。
50過ぎてものを考えないのはよほどの馬鹿である、とどこかに書かれていました。
お化粧してもシワはシワ。
取れない脂肪がおしゃれをあざ笑う。
短期記憶は日に日に衰える。
そんな現実が目を内面に向けさせる、という面もあるんでしょう。
洋服に穴があいてても、本はおいしくて我慢できないです。
若いころは般若心経の解説から自由をいただき随分救われましたが、この年でのグラスルーツと出あえたのは本当にラッキーでした。
で、音声のツボ、音節とモーラの勉強。(専門的かつひとりよがりなので読み飛ばしOK)
英語は音節言語で、日本語はモーラ言語。ここは理解しなくてはいけません。 
アクセントの場所を「覚える」前に、仕組みの違いを体得させてあげるためには必要なのです。
本でおもしろかったのが「ゴビエル問題」に対する記述。 
(窪薗先生は鹿児島出身で、ザビエル宣教師の名前をもじってグラスルーツの仲間が作った造語です)
子どもに教えるとき、単語の音の数(母音の数、または音節数)を確認します。
ややこしいのが little など-le 出終わる語。
最後のeは音が無いので数えない、でもこの語は2音節です。
発音道場でも -le はその直前に弱化した母音を呼ぶと教わっていたし、先生なら知っていた方がいい知識。
この本では、母音というお母さんがいないので、しっかり者の長女が変わりをしているようなものだと表現されていました。
子音のなかにも母音的性格の強いものがあり、l はその一つ、という説明のあとでこの記述をみると、長女という表現には思わずにんまり。 先生、この本楽しいです! 
2重母音が長母音化する過程についても、一定の法則があり、それは英語に限らずどの言語でも起こっている、という話も興味深かった。 [ou]が長母音化しやすく、[ai]はしにくい理由も「チャート」を使って説明してあるし!
まあ、こんなことに興奮する人はあまりいないと思うのですが、
ものごとの原則を知ること(真理を知ることと解釈させてください)は、バードウォッチャーが双眼鏡を手に入れるようなもので、今まで見えなかった鳥の姿が見えてくる訳です。あれって、よく見ればこっちと同じやん、とか。 見えればそれを図鑑のように俯瞰し、自分の希望や必要に応じて使ったり楽しんだりできるし。
この本を読んでいると言葉の森を散歩している気分になるのは、真理を得て自由になる先生の境地を、お裾わけしていただいてるからだと感じています。

【予告編】真理といえば、ことばに限らず森羅万象に宿ります。
 
東洋思想がアンテナにひっかかる昨今ですが、今日「易と人生学」安岡正篤著が届きました。
少し読んでみると、バラバラだった思いや経験が、経糸・横糸を得て真理という織物になっていく感覚を持ちます。
きっと心の世界を飛び回る魔法のじゅうたんです。 
例えば演繹とか帰納ってどうも良く分からんかったのですが、庭木の剪定の話から理解できました。
むずかしい話を分かるために木を切ってきた訳では無いんですけどね。
すっきり!
「真理は単純」で、「真理は人を自由にする」。
この年になって、いや多分この年だからこそ、ウキウキします。
きっと長くなるから、またブログに書かなくっちゃ。
この本をFacebookで紹介してくださった上田さん、ありがとうございます!
 

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