猫の事務所とヘキサゴン

投稿日: カテゴリー: 日記
評価:
宮沢 賢治
パロル舎

¥ 1,407

(1983-10)
コメント:不思議な世界にひろがる猫の人間模様(?)
基本的に今も変わらない人の様がこれまた不思議な「窯ねこ」さんを中心に展開されます。 いつ読んでも新しい、これが古典たるゆえんでしょうか。

 アマゾンの本を紹介していますが、
私は「フジポッド文庫」というポッドキャストで
フジテレビアナウンサーの朗読を聴きました。

絵が大変美しいそうですので、
ぜひ本も見てみようと思います。


恐れていたとおり、読み(聴き)終わったて、
「解答と解説書のない国語の問題を読んだ。」気分でした。

アマゾンのレビューを見て、少し自分の感じたことが
「正しかった」ような気がしてきました。

賢治自身が、「僕は半分獅子に同感です。」と添えているようですが、
私もそう思っていました。
この言葉で、ぐっと安心しました。

母の読み聞かせが終わり、中学・高校で自分が読んだ日本文学は
国語の試験にでる課題ばかりでしたから、自業自得やもしれません。
(賢治口調に染まっています。

ところで、先日報告した松本道弘先生のワークショップのテーマは
「ディベート」でした。
詳しくをブログなどで書かないのが礼儀のようですが、
ほんの少し書かせていただくと、
普通の「肯定」と「否定」に分かれるだけではない、
ヘキサゴン(六角)の対立軸が示されました。

石に対する風
火に対する水
すべてを見通す空。
などの概念はとても東洋的です。
実際、西洋のディベートには無い考え方だそうです。

ディベートでは、自分の意見(本音)以外の視点で
ものを考えることが必要ですが、
今回はさらに、
自分の得意とするや表現手段以外の方法でも
議論に参加しなくてはいけません。
さらにチーム全体のバランス良く攻撃する姿勢も求められます。

平たく言えば、ボケと突っ込み、さらに吉本新喜劇の一斉倒れこみ、
これをこなさなくてはいけないわけです。

同じ関西人とはいえ、
京都人の私にはこういう柔軟さが決定的に欠けております。
この柔軟なヘキサゴンのコミュニケーション力、
身に付けることができれば、
自分が一回り大きくなれるように思います。

で、なんで猫の事務所?

猫の事務所では、よくある弱いものいじめが横行しています。
それをかばっていた所長さんですが、
ふとしたデマに心が曇り、天地を公平に見る「空」の目を失ってしまいます。
そうして獅子の怒りに触れ、事務所が閉鎖に追い込まれます。

語ることを良しとしない日本文化ですが、
今は、地に足を着き、天を仰いで、空の心を持って、
心を開いて風通しよく語り合わなければいけない時代が来ていると思います。

民主党大勝利による政権交代が現実のものになり、
その話題で持ちきりです。

鳩山氏の論文がニューヨークタイムズ紙に掲載され、
アメリカのマスコミには日本を警戒する意見が多い、
とテレビが報じていました。
(アメリカ政府のほうは大きな変化はない、という姿勢のようです。)

今日の京都新聞に、政権交替を経験した世界各国の方の意見が載っていました。
新聞に比べると、テレビ番組には
アメリカの批判的意見を紹介したものが多いように思います。

テレビでは時間の関係で深い論考が難しいのは分かりますが、
「ほら、アメリカが怒ってるで。」
とはやし立てているようで気になります。

アメリカは議論をベースにした民主主義の国ですから、
反対意見があれば口にするのは自然なことでしょう。
そして、それに対してしかるべき反論があるのも当たり前のことです。

でも、日本のテレビメディアって、
先生(アメリカ)に○をもらえるか、×をされるかを気にしている生徒のように思えます。

民主党は、自民党時代に無かった「対等な立場」を築く、と主張してますが、
それは同じ国力を持つ、という意味ではなく
対等に意見を言う、ことのようです。
それは、どこの国からも歓迎される姿勢なのではないでしょうか。

むしろ、いつまでも海外に対して内弁慶で対等になれていないのは
メディアではないかと思います。

  

もう、猫の事務所みたいに内々で足の引っ張り合いをするんじゃなくて、
ヘキサゴンの柔軟なコミュニケーション力を付け、
外へでる時期が来ているのです。

ヘキサゴンのディベートに興味のある方、
11月22日に、また関西でワークショップがありますよ!

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